退職したら、もっとのんびりできると思っていた。
でも実際は違った。解放感はある。時間もある。なのになぜか、完全には落ち着けない。
有給消化2日目の正直な気持ちを書いておきたい。
退職後の1日はこんな感じ
朝は5時半に起きる。これは今も変わらない。
妻と一緒に身支度を済ませ、家事をこなし、朝食をとる。
6時半に子どもたちを起こして準備をさせ、7時半に長男を見送る。
その後、下の子を園に送って8時に帰宅する。
ここまでは会社員時代とほぼ同じだ。
違うのはここからだ。
以前なら車に乗って渋滞の中を走っていた時間に、
PCを開いて自分のコンテンツに向き合っている。
ブログを書いたり、事業のことを考えたりしていると、気づけば10時になっている。
午前中に少し気分転換でバイクに乗った。
以前は所有しているだけで全然乗れなかったバイクに、平日の昼間に乗れる。
それだけで十分すぎるくらい自由を感じた。
昼はゼリーで済ませて、午後もPCに向かう。
15時から夕食の準備を始めて、子どもたちを迎えに行く。
夕食、入浴を済ませたら、以前は夜もタスクに追われていたが、今は子どもと一緒に寝ることにした。
会社員時代には考えられなかった1日だ。
頭の中が、クリアになった
会社員時代、頭の中は常に仕事のタスクで埋まっていた。
次の会議、未処理の案件、上司への報告、締め切りのプレッシャー。
意識していなくても、常に何かが頭の片隅を占領していた。
それが一気になくなった。
頭の中がメチャクチャクリアになった。
最初は戸惑った。こんなに頭が静かでいいのか、と。でも今はこの感覚が心地よい。
18年間、ずっと何かに追われていたんだと気づいた。
反面、「本当にこれでいいのか」という気持ちもまだある。
解放感と落ち着かなさが同時に存在している。
人間というのは不思議なもので、欲しかった自由を手に入れても、すぐには慣れないらしい。
正直に言う。お金を使うのに躊躇する
退職して気づいたことがある。
支出に対して、妙に躊躇するようになった。使ってもいい。
家計的には問題ない。配当収入もある。でも何かを買おうとすると、一瞬手が止まる。
その正体に気づいた。
妻が働いているのに、自分が自由に暮らしていることへの後ろめたさだ。
共働きで11年やってきた。お互いに稼いで、お互いに家事をして、お互いに子育てをしてきた。
それが突然、自分だけ「自由な側」になった。
これは想定していなかった感情だった。
FIREの本やブログには書いていない、リアルな感覚だ。
意識的に支出を削減しようとしている自分がいる。
節約というより、罪悪感を減らすための行動なのかもしれない。
子どもが、早いお迎えを喜んでいた
退職前、子どもの送りは妻が担当で、帰りのお迎えは私が担当だった。
有給消化に入って、少し早めにお迎えに行くようにした。
学童に預けていれば友達と遊べるし、特に変わらないだろうと思っていた。
でも子どもの反応は予想と違った。
けっこう喜んでいた。
「今日も早く来てくれた」という顔をする。それだけのことなのに、なんだか胸に刺さった。
仕事を理由に、子どもと過ごせる時間をずっと削ってきた。
子どもはそれを何も言わずに受け入れていた。
でも本当は、早く帰ってきてほしかったんだと気づいた。
これは退職して初めて気づけたことだ。
会社のためではなく、自分のために時間を使う
今、一番楽しいことは何かと聞かれたら迷わず答えられる。
自分のコンテンツを育てることだ。
ブログを書いて、将来に向けて積み上げていく。
会社のためではなく、自分自身のために時間を使う。このことにワクワクしている。
18年間、時間の大半を会社に捧げてきた。それが悪かったとは思わない。
でも今は、同じ熱量を自分の未来に使えている。
バイクにもいつでも乗れる。平日の昼間に、誰にも気兼ねなく走れる。
所有しているだけで放置していたバイクが、ようやく本来の使い方をされている。
小さなことだけど、自由の実感はこういうところにある。
有給消化中の本音まとめ
2日目の正直な気持ちをまとめるとこうだ。
解放感はある。 頭がクリアで、時間が自分のものになった感覚がある。
落ち着かない気持ちもある。 長年の習慣はすぐには抜けない。妻への後ろめたさもある。
でも気づいたことがある。 子どもが早いお迎えを喜んでいた。それだけで、退職してよかったと思えた。
これが40代、有給消化2日目のリアルだ。
1週間後、1ヶ月後、どう変わっているかもまた正直に書くつもりだ。


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